テラヘルツ帯で動作する、超高精度・広帯域の小型周波数カウンタを開発

〜Beyond 5G / 6G時代に向けて新たな電波資源の有効利用へ前進〜
2021年7月29日


国立研究開発法人情報通信研究機構

ポイント

  • 広帯域0.1 THz~2.8 THzで、計測精度16桁のテラヘルツ周波数カウンタを開発
  • 半導体超格子ハーモニックミキサを用いて小型化・室温動作を実現
  • Beyond 5G / 6G時代の様々な産業・研究に貢献する計量標準技術を確立
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT、理事長: 徳田 英幸)は、半導体超格子ハーモニックミキサを用いたテラヘルツ波用の周波数計測システムを開発し、電波の上限帯域を網羅する0.1 THz~2.8 THzという広帯域において精度16桁の計測を実現しました。今回の開発により、小型・室温下で動作する広帯域・高精度なテラヘルツ周波数カウンタが実現したことになります。
本技術は、未開拓周波数領域と呼ばれてきたテラヘルツ帯を次世代情報通信基盤Beyond 5G / 6Gにおける新たな電波資源として利活用するための計量標準技術です。今後、Beyond 5G / 6G時代における電波産業などの様々なニーズに対応し、本技術をNICTで提供している周波数標準器の較正サービスに活用していく予定です。
なお、本成果は、2021年7月19日(月)に、計量学分野のトップジャーナルである国際学会誌Metrologiaに掲載されました。

背景

次世代情報通信基盤Beyond 5G / 6Gの貴重な周波数資源として、未開拓周波数領域と呼ばれてきたテラヘルツ帯の利活用に高い関心が寄せられています。テラヘルツ帯を有効利用するには、スマートフォンなどで利用されているマイクロ波・ミリ波帯の電波資源と同様、様々な産業や研究に向けて周波数バンドを正確に区分でき、適正な運用を可能にする計量標準技術の確立が重要です。
これまで、テラヘルツ周波数計測システムの多くは、高感度化のために大型の低温装置や複雑な機構を持つ超短パルスレーザーを必要としていました。そのため、小型化が難しく、装置のオペレーターには光学機器の取扱いが求められました。また、計測は可能だが動作帯域が狭い、若しくは、動作帯域は広いが計測限界が未確認など、装置の動作帯域と計測精度に関する包括的評価も十分でなく、実用化を視野に入れた際に解決すべき課題が残されていました。

今回の成果

図 1 今回開発したテラヘルツ周波数カウンタ

図 2 今回開発したテラヘルツ周波数カウンタの
動作帯域と計測精度
NICTは、テラヘルツ波の計量標準技術として、半導体超格子ハーモニックミキサを用いたテラヘルツ周波数カウンタを開発し(図1参照)、4オクターブを超える広帯域0.1 THz~2.8 THzにおいて精度16桁の計測を実現しました(図2参照)。
 今回、超格子構造を持つ半導体ハーモニックミキサをキーデバイスとして採用することで、入力したマイクロ波帯の局部発振器信号を基にテラヘルツ基準を等間隔に多数生成し、それらを広範囲に分布した「精密な目盛り」にしてテラヘルツ波の周波数測定を実現しました。従来システムで装置の小型化と運用コスト削減の障壁になっていた超短パルスレーザーが不要となっただけでなく、原子時計からのマイクロ波標準信号を直接入力して使えるため、堅牢でより信頼性の高いテラヘルツ周波数の較正も可能になりました。
今回、テラヘルツ周波数カウンタの測定性能は、従来は不可避であった被測定テラヘルツ発振器の雑音に影響されないように設計・構築した評価系を使って確認しました(補足資料参照)。その結果、本カウンタ1台だけで電波法で定義された電波の上限帯域を幅広く網羅しつつ、計測精度が16桁に到達することを実証しました。これは、1 THzの電波周波数を100μHz(1 THzの1016分の1)以下の精度で決定できることに相当します。これらの性能は、小型かつ室温動作するテラヘルツ周波数カウンタの動作帯域幅と計測精度として、共に世界トップの性能です。

今後の展望

NICTは、情報通信技術による革新といえるBeyond 5G / 6G世界の実現を目指し、未開拓周波数領域であるテラヘルツ帯を新たな電波資源として積極的に利活用するための計量標準技術の開発に取り組んでおり、今回開発した超高精度・広帯域の小型テラヘルツ周波数カウンタを活用して、Beyond 5G / 6G時代の様々な産業や研究を支える技術基盤を確立することに貢献します。特に、電波産業などの様々なニーズに応えるべく周波数標準器の較正サービスの拡大に取り組んでいくと同時に、NICT発のテラヘルツ標準技術のグローバルな普及を目指します。

論文情報

論文名: Terahertz frequency counter based on a semiconductor-superlattice harmonic mixer with four-octave measurable bandwidth and 16-digit precision
掲載誌: Metrologia, Vol. 58, No. 5, October 2021
著者: Shigeo Nagano, Motohiro Kumagai, Hiroyuki Ito, Yuko Hanado and Tetsuya Ido
 

補足資料

今回開発した半導体超格子ハーモニックミキサを用いたテラヘルツ周波数カウンタ

図 4 テラヘルツ周波数カウンタの性能評価系
図 5 テラヘルツ周波数カウンタの測定の不確かさと安定度
テラヘルツ波は1秒間に1011~1013回も振動する電磁波で、現代の高速電子回路技術を用いてもその振動回数を直接計数することは困難です。そのため、テラヘルツ波の測定では計数可能な周波数帯まで下方変換するために、既知の周波数値を持つテラヘルツ基準との周波数差を得られるビート計測法を利用します。このとき、テラヘルツ基準を定規の目盛りのように等間隔で広い周波数範囲に分布させると、様々な被測定テラヘルツ波に対応できるため、複数のテラヘルツ基準の集合体である周波数コム(テラヘルツコム)が利用されます。これまで、半導体や光学結晶の非線形効果で発生させたテラヘルツコムを用いた周波数計測システムの開発が報告されてきましたが、組み込まれている超短パルスレーザーが装置の小型化や運用コストの削減を妨げていました。その上、動作帯域と計測限界に関する包括的な性能調査は行われていませんでした。
今回開発した半導体超格子ハーモニックミキサを用いたテラヘルツ周波数カウンタは、半導体超格子デバイスの特徴的な性質の一つである負性抵抗と呼ばれる非線形効果によって、デバイスに入力されたマイクロ波帯の局部発振器信号からテラヘルツコムを直接発生できる簡便な原理に基づいており、実用化に向けた重要な目標点であった小型化と操作性の良さを同時に実現しました。以前に開発した従来型の計測システムと比べて、装置の専有面積は約40分の1に縮小され、レーザーに関する専門知識を必要としない操作も可能になりました。
帯域1 THz以下の性能評価では、高安定度なテラヘルツ発振器の周波数を2台のテラヘルツカウンタで同時計測した後、それらの周波数差からカウンタ本来の測定精度を求めました(図4(a)参照)。一方、帯域1 THz以上では、テラヘルツコム基準に安定化されたテラヘルツ量子カスケードレーザーの周波数を独立したカウンタで相対計測することで評価しました(図4(b)参照)。これら2つの相補的な評価系を採用して、4オクターブを超える非常に幅広い帯域0.1 THz~2.8 THzで高精度に計測限界を確認することに成功し、カウンタ本来の計測限界が1×10-16以下に到達することを実証しました(図5(a)参照)。より詳細な調査から、将来的には3.7 THzまで動作帯域を拡張できることが期待されます。また、開発したカウンタは高い周波数安定度を持ち、短い測定時間内にテラヘルツ周波数の値を精度よく決定することも可能です(図5(b)参照)。
これらの結果は、Beyond 5G / 6G時代に向けて周波数標準器の較正サービスを電波産業などの様々なニーズに応えて高周波化することに貢献し、また、極低温分子を使ったテラヘルツ周波数標準の開発にも役立つと考えています。

用語解説

半導体超格子
2種類の半導体結晶をナノメートル程度の厚さで周期的に並べた量子ナノ構造(多重量子井戸構造)。1969年に江崎玲於奈博士によって初めて提案された。現在では、自然界の物質にない特性を人工的にデザインして実現できることから、半導体研究の中心テーマの一つになっている。超格子デバイスは負性抵抗を持ち、適度な振幅の交流電場を印加するとその高調波を多数含む電流が発生するため、入力した局部発振器信号の高調波で動作する周波数混合器(ハーモニックミキサ)として利用できる。

未開拓周波数領域
電波と光の中間にあるテラヘルツ帯(0.1 THz~10 THz)では、半導体集積回路の高周波化とレーザー技術の低周波化という解決の難しい課題のために、発振器(光源)の開発が遅れている。また、この帯域の光子は熱雑音と同程度の低いエネルギーしか持たないため、常温動作する検出器の開発にもブレイクスルーが求められている。このような状況から、長らく「未開拓周波数領域」又は「テラヘルツギャップ」と呼ばれてきた。その一方で、自由空間伝搬、高い物質透過率や極低侵襲性など、他の電磁波が持たない性質によって、高速無線通信、非破壊検査やセキュリティ、生物や医療、電波天文などへの応用が期待されている。

図3
図3 電磁波の利活用と未開拓周波数領域

Beyond 5G / 6G
携帯端末などで現在利用されている第5世代移動通信システム(5G)に続く、次世代の情報通信基盤。5Gではマイクロ波・ミリ波帯まで使われているが、Beyond 5G / 6G時代にはテラヘルツ帯の利活用が期待されている。例えば、DVD映画(4.7 GB)を0.5秒以内に無線で送信できるなどのテラヘルツ帯の利点である広帯域幅を活かした超高速無線通信が可能となるだけでなく、現実空間と仮想空間の関係が高度に統合・制御されるなど、これまで現実空間だけではできなかったことが可能になると考えられており、その実現に大きな注目が集まっている。

周波数標準器の較正サービス
NICTは国家周波数標準を保有する指名計量標準機関であり、その国家標準に基づく較正サービスを提供している。現在、周波数標準器の較正周波数範囲は1 Hz~100 MHz、最高測定能力は5×10-14である。
較正サービスホームページ https://cal.nict.go.jp/
オクターブ
2つの周波数の比が1:2にある関係。元来、音の周波数を低い方から高い方へ階段的に変化させたとき、周波数が2倍になると元の音に戻った感覚(調性)が与えられることから、周波数の比率を表す単位となった。例えば、基準周波数を0.1 THzに取るとき、4オクターブ帯域の上限周波数は24倍の1.6 THzになる。

周波数コム
一定の周波数間隔ずつ離れた多数の電磁波モードの集合体。例えば、超短パルスレーザーから出射する光パルス列は、フーリエ領域における様子を櫛に見立てて「光コム」と呼ばれる。光コム技術は、光原子時計の発展に多大な貢献をし、2005年のノーベル物理学賞の対象になった。周波数コムのモード間隔をセシウム原子時計を基準にして安定化させると、電磁波計測のための「周波数ものさし」を実現することができ、秒の定義に基づいた絶対周波数を計測できる。テラヘルツ帯にある周波数コムは、特に「テラヘルツコム」と呼ばれる。これまで、テラヘルツコムを用いた帯域4オクターブを超える精密周波数計測は報告されていなかった。

テラヘルツ周波数標準
原子や分子が吸収できる、ある特定のテラヘルツ周波数を参照基準として安定化されたテラヘルツ発振器。国際度量衡委員会(CIPM)による標準周波数リストでは、現在、セシウム原子時計の約9.2 GHzと酸化オスミウム安定化レーザーの約29.1 THzの間に周波数標準器は存在しない。今後、テラヘルツ帯の利活用を加速するために、この標準器の空白域に新たなテラヘルツ周波数標準を確立することが期待されている。レーザー冷却された極低温分子を用いたテラヘルツ分子時計が提案されており、その精度は10-16レベルに達すると考えられている。その波及効果として、物理定数の時間的変化の観測による基礎物理学の検証なども期待される。

本件に関する問合せ先

・電磁波研究所 電磁波標準研究センター
時空標準研究室
・Beyond5G研究開発推進ユニット
テラヘルツ研究センター
テラヘルツ連携研究室(兼務)

長野 重夫
Tel: 042-327-5469

広報(取材受付)

広報部 報道室

Tel: 042-327-6923