米国総合科学誌Scienceに論文掲載
DNAナノチューブのレール上をプログラムどおりに自走するナノマシンを開発

〜ナノメートルサイズの「荷物」を自動的に仕分ける分子輸送システムを実現〜
2022年3月11日


国立研究開発法人情報通信研究機構

ポイント

  • DNAナノチューブ上に埋め込まれた命令を逐次読み取りながら自走するナノマシンを開発
  • ナノメートルサイズの「荷物」をプログラムどおりに動かす分子輸送システムを実現
  • 生物を模倣した制御可能な情報処理システムの研究にブレークスルーをもたらす可能性
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICTエヌアイシーティー、理事長: 徳田 英幸)未来ICT研究所の指宿 良太 研究員と古田 健也 主任研究員らの研究グループは、兵庫県立大学と共同で、DNAナノチューブのレール上をプログラムどおりに動くナノマシンを開発し、新たな分子輸送システムを実現しました。
開発したのは天然の生物分子モーターをベースにしたナノマシンで、DNAナノチューブのレール上の「DNA塩基配列で書かれた命令」を読み取り、この命令どおりにレールに沿って自走します。さらに、異なる命令を読み取る複数のナノマシンを開発し、レールに「右に進め」「左に進め」などの命令を埋め込むことで、ナノメートルサイズの「荷物(分子)」をプログラムされたとおりに仕分ける分子輸送システムを実現しました。
今回、天然のレールよりも大幅に制御しやすいDNAナノチューブ上を自走するナノマシンを創出できたことで、生物を模倣した情報処理システムの研究にブレークスルーをもたらす可能性があります。
なお、本成果は、米国総合科学誌「Science」 2022年3月11日号に発表されました。

背景

図1 Y字型のDNAナノチューブ上で二種類のナノマシンが「荷物」を仕分けている様子を描いた模式図

ナノメートル(1 mmの100万分の1)サイズの分子を自在に動かして制御することを目指したナノマシン研究は、情報工学・バイオテクノロジーなど多分野に応用できる可能性があるため、世界中で研究が行われています。2000年代以降、DNAを遺伝情報としてではなく極めて小さな建築材料として利用し、望みの構造を設計・作製できるDNAナノテクノロジーが発展したものの、その構造物の上を速く自律的に動けるナノマシンを作ることができませんでした。マシンのサイズをここまで小さくすると、周囲の分子の熱運動による激しいノイズにさらされるため、既存の技術でナノマシンを制御するためには、外部から熱ノイズを圧倒するようなエネルギーを投入して逐一指令を与える必要があったからです。そこで注目したのが生物由来のナノマシンで、熱ノイズのわずか20倍程度のエネルギーを与えれば自ら一方向に動く「生物分子モーター」でした。

今回の成果

天然の生物分子モーターはタンパク質で作られており、自分の周りにあるエネルギー源となる物質を取り込み、荷物として様々な物質を目的の場所へと輸送することができます。しかし、そのシステムの複雑さから、細胞の外でこのシステムを模倣して制御することが困難でした。今回、生物分子モーターが動くレールとしてDNAナノチューブを採用し、新たな分子輸送システムを実現しました(図1参照)。
研究グループは、生物分子モーターであるダイニンDNA結合タンパク質をつなぎ合わせることで、DNAに結合して自走するナノマシンを開発しました(図2参照)。さらに、このナノマシンがガラス基板上に敷設したレール上の「DNA塩基配列で書かれた命令」を読み取り、これらの命令の組合せで作られたプログラム(運動方向、速度など)のとおりに自走するための制御技術を確立しました(図3参照)。この技術により、高速道路のジャンクションのようにY字型に枝分かれしたDNAナノチューブの上で、複数種のナノメートルサイズの「荷物」を自動的に仕分けたり、逆に、それぞれの「荷物」を一か所に集めたりできる新たな分子輸送システムの構築に成功しました。
図2 ヒト細胞質ダイニンの微小管結合ドメインの代わりに、ヒトや大腸菌、あるいは好熱性細菌のDNA結合タンパク質をつなぎ合わせることで新規ナノマシンを開発
図3 DNA塩基配列の向きと運動方向の関係

DNAナノチューブのレール上をプログラムどおりに自走するナノマシン

今後の展望

生物の情報処理システムは、膨大な組合せを高速に処理できることや、電子機器に比べて省エネであるなど、優れた部分を持つことが知られています。これを可能にしているのが生物分子モーターのようなナノマシンですが、多数のナノマシンから成る情報処理システムは非常に複雑なため、その原理の解明は進んでいません。このような場合、実際に生物ナノマシンを使って同様の装置を作ってみるような、構成的なアプローチが効果的です。
今回、生物分子モーターをベースにして制御可能なナノマシンを設計したことで、生物の情報処理システムを「作って理解する」ことが可能になり、将来的に、生物を模倣した次世代の情報処理システムの研究にブレークスルーをもたらすことが期待されます。

本研究の一部は、科研費・新学術領域「発動分子科学」18H05420の支援を受けたものです。

掲載論文

掲載誌: Science 2022年3月11日号
DOI: 10.1126/science.abj5170
掲載論文名: Programmable molecular transport achieved by engineering protein motors to move on DNA nanotubes
著者: 指宿良太、森下達矢、古田茜、中山慎太郎、吉雄麻喜、小嶋寛明、大岩和弘、古田健也

補足資料

DNAをレールとして動く新たなナノマシンに関する資料

【背景と目的】

細胞やウイルスよりも小さなナノメートルサイズの機械を操って仕事をさせるというナノマシンのコンセプトは、1959年のR.P.ファインマンの講演に端を発するといわれています。1990年以降、実験技術や装置の進歩により、ナノマシンの研究・開発が急速に発展し、分子シャトルや分子スイッチ、ナノカーといった様々なナノマシンが開発されてきました。まだ応用には至っていない段階ながら、2016年にその精巧な設計と独創性に対してノーベル化学賞が与えられるなど、徐々にナノマシンの基礎が築かれつつあります。ただ、ナノメートルサイズまでマシンを小さくすると、周囲の分子の熱運動による激しいノイズにさらされるため、既存の技術でナノマシンを制御するためには、外部からノイズを圧倒するような大きなエネルギーを投入して逐一指令を与えて動作させる必要があります。一方、生物が持つナノマシンの中には、熱ノイズのわずか20倍程度のエネルギーを与えれば勝手に動く「生物分子モーター」が存在します。私たちの研究グループでは、大きなポテンシャルを持つ生物ナノマシンの応用を見据え、研究を行ってきました。
生物システムは、常にエネルギーを消費して必要な分子を必要な場所へ選択的に輸送することで生命活動を維持しています。このシステムを駆動しているのが生物ナノマシンの一種として知られている生物分子モーターで、ミオシンやキネシン、ダイニンなどが知られています。これらの分子モーターは、生命活動に必要な様々な分子を積荷として、細胞内に張りめぐらされた細胞骨格繊維(微小管やアクチン繊維)の上で輸送することで積荷を選択的に輸送しています。もし、この分子モーターシステムを制御可能な形で細胞から取り出して利用することができれば、生物由来の分子で構成された計算機や、生体内で働く分子ロボットのような画期的な応用につながると期待されています。しかし、これまで生物由来の分子モーターは、レールである細胞骨格繊維の人為的な制御が難しいため、実用には至っていませんでした。この問題を解決するためには、分子モーターのレールを、より制御しやすいものへと置き換えていく必要があります。そこで、私たちの研究グループでは、タンパク質で構成された細胞骨格繊維の代わりに、DNAをレールとして用いることにしました。DNAを用いた理由は、DNAが安定な物質であること、一塩基単位での編集が可能であること、デジタル情報を埋め込むことができること、精緻な三次元構造体を構築できることが挙げられます。

図5 ヒト細胞質ダイニンの微小管結合ドメインをDNA結合タンパク質と取り替えることによる新規分子モーターの構築図(左)、DNAの二重らせん構造と10本の二重らせん構造が束化したDNAナノチューブの模式図(右)(再掲)

【研究成果】

本研究では、DNAレール上を一方向に自走する新たな分子モーターを創出し、制御可能な分子輸送システムを構築しました。私たちは、まず、これまでの研究結果から、分子モーターが一方向に運動する上で二つの要素が重要であると仮定しました。一つは、鍵と鍵穴のように分子モーターが特定のレールと選択的に結合すること、もう一つは、ATP加水分解サイクルに依存した構造変化によってレールとの間の結合状態を繰り返し変調させることです。これら二つの要素が組み合わされることで、一方向性の運動が創出される可能性を考えました。
そこで、本研究では、レールとなるDNAナノチューブに結合するための「車輪」として天然由来のDNA結合タンパク質を用い、このレールとの結合状態を、結合→解離→結合→解離……と繰り返し変調させるための「エンジン」として、生物分子モーターの一種であるダイニンを用いました。具体的には、ヒト由来の細胞質ダイニンを改変し、元々これに付属していた微小管結合ドメインを取り除いて、その代わりにヒトや細菌などから採ってきたDNA結合タンパク質を遺伝子上で融合することにより、新規ナノマシンを作製しました(図5参照)。この新規ナノマシンが機能するかどうかを確認するために、DNA結合タンパク質が認識する塩基配列と蛍光色素を周期的に組み込んだDNAナノチューブを作製し、蛍光顕微鏡で観察したところ、新規ナノマシンがDNAナノチューブ上を一方向に移動することが分かりました。このDNA結合タンパク質を、別の種類のものに交換することによって、異なるDNA配列を認識する複数種類のナノマシンを開発することにも成功しました。

図6 二種類の積み荷を持つトラックが一つの道路に合流又は分岐する様子を描いた模式図(左)。
Y字型のDNAレールを蛍光顕微鏡で撮影した画像と、二種類のナノマシンがそのレール上で一つのレールへと荷物を集める又は分岐する様子(中央)。
荷物を持った二種類のナノマシンが、合流点又は分岐点でどの程度効率よく仕事をしているかを示したグラフ(右)

私たちは、さらに、高度に制御可能な分子輸送システムの構築を試みました。DNAオリガミという技術によって三本のDNAナノチューブが一点でつながったY字型の構造を形成するY字レールを設計し、これらの三本のDNAナノチューブのそれぞれにナノマシンの種類や移動方向をあらかじめプログラムしました。このY字レールと一種類又は二種類の新規ナノマシンを組み合わせることで、荷物をY字レールの中心に濃縮する、あるいは周辺に分散させることや、二種類の荷物を一つのレールに集める、あるいは、逆に、二つの別々のレールにそれぞれの荷物を仕分けるなどのタスクを行う分子輸送システムを実現しました(図6参照)。

【今後の展望】
生物が持つ天然のナノマシンは、人工的なものに比べ高機能・高効率であることが知られていますが、動作メカニズムが未解明であることやタンパク質の不安定性などの問題も残っています。このような問題を解決するためには、天然には存在しない多様な分子モーターを数多く試作し、機能を比較することによって、その設計原理に関する情報を帰納的に抽出することが重要です。本研究の手法を更に推し進め、生物のナノマシンから抽出した原理を基に、機械学習や進化分子工学を駆使して高度に安定なタンパク質ナノマシンを再設計することや、化学的に安定な物質で構成したナノマシンを創ることで、将来的には、多様な環境で有用なタスクをこなす信頼性の高いナノマシンを開発できる可能性があります。
生物は、分子計算の超並列性などの特徴を使って複雑な情報を効率よく処理していますが、その原理は未解明です。本成果により、天然のレールよりも圧倒的に制御しやすいDNAナノチューブ上を自走するナノマシンを創出できたことで、生物が使っている未知の情報処理システムを再構成して理解する研究や、生物分子モーターで一種のチューリングマシンを構成するような研究が可能になり、次世代の情報処理システムを目指した研究にブレークスルーをもたらす可能性があると期待しています。

用語解説

兵庫県立大学と共同

兵庫県立大学とNICTは、連携研究協定を締結して大学院の教育や研究活動で連携を行っている。

DNAナノチューブ

DNA分子の互いに相補的な塩基配列同士の結合を利用し、複数のDNA二重らせんを束化して作られたチューブ状の高次構造体。DNAは遺伝情報を運ぶ分子として知られているが、近年では、ナノメートルスケールの構造を作る建築材料として幅広く使われ始めている。(図4参照)

図4 DNAの二重らせん構造(上)と10本の二重らせん構造が束化した
DNAナノチューブ(下)の模式図

ナノマシン

細胞やウイルスよりも小さなナノメートル(1 mmの100万分の1)サイズの機械。機械的動作を通じて分子を操作したり輸送したり、構造を変形させたりすることにより、機能を果たす。一つ一つのナノマシンが出し得る仕事量は小さいが、多数のナノマシンを使って輸送を行うことや、生物が使っている筋肉のように多数のナノマシンを集積することにより大きな仕事量を得ることができると期待されている。

生物分子モーター

生物の運動の原動力となっているナノマシンの一種。タンパク質で構成されており、ATP(アデノシン三リン酸)を加水分解し、後述する微小管やアクチン繊維などのレールとなるタンパク質繊維の上を自走することができる。「自走」という言葉どおり、エネルギー源となる分子を環境中から取り込んで動くので、外部から逐一その動きを制御する必要がない。

DNA塩基配列で書かれた命令

DNAの塩基配列とはDNAを構成する塩基部分の配列で、A(アデニン)、G(グアニン)、C(シトシン)、T(チミン)の4つの塩基で構成されている。生物はこの塩基配列を、遺伝情報を保持する媒体として利用しているが、本研究ではナノマシンに指令を伝えるために用いている。例えば、特定の塩基配列の中の塩基の並べ方によってナノマシンの移動方向を指定したり、特定のナノマシンだけが動くようにするなどの制御を行っている(図3参照)。

ダイニン

細胞質で働く生物分子モーターの一種で、微小管上を運動するタンパク質複合体。リング状の頭部を持ち、微小管と結合する部位がそのリングから飛び出ていて、明確なモジュール構造になっていることが特徴。ATP加水分解に共役した大きな構造変化が、一方向性の運動に重要であると考えられている。

DNA結合タンパク質

一本鎖又は二本鎖DNAに対して結合することができるドメインを持ったタンパク質。特定の並びの塩基配列を認識してDNAに結合し、遺伝子の発現を制御するなどの重要な役割を果たしている。

構成的アプローチ

仕組みの分からない機構を持つ完成品に対して、分解や解析を行うだけでなく、部品から組み直して動作を観察するなどの試行錯誤を通じて、元の部品構成や動作原理、設計方法などを推定する作業のこと。

本件に関する問合せ先

未来ICT研究所 神戸フロンティア研究センター
バイオICT研究室

古田 健也

広報(取材受付)

広報部 報道室

Tel: 042-327-6923