本研究のポイント
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南太平洋トンガ沖の海底火山噴火後に、同心円状の気圧波の到来に関連した電離圏電子密度の不規則構造の観測に成功。
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通常よりも1~2桁も電子密度が急減する多数の電離圏の穴が、日本上空で観測され、その構造が高度約2,000 kmの宇宙空間まで伸びていることを確認。
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電離圏の穴の形成に関わる電離圏高度の上昇が、気圧波の到来よりも約1~2時間前に開始していることを発見。
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電波障害を起こす宇宙天気現象が、太陽フレアなどの太陽活動だけでなく、大規模噴火等の地表の現象にも起因することを明示する事例。
研究概要
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学宇宙地球環境研究所の新堀 淳樹 特任助教らの研究グループは、全球測位衛星システム(GNSS) 、気象衛星ひまわり、ジオスペース探査衛星「あらせ」、電離圏観測機器などのデータを解析し、南太平洋トンガ沖海底火山の大規模噴火に伴う同心円状の気圧波が引き起こした電離圏電子密度の不規則構造の観測に成功しました。
観測データにおいて、通常よりも1~2桁程度、電子密度が急減する多数の電離圏の穴が日本上空で観測され、探査衛星「あらせ」の観測によってこの電離圏の穴は、2,000 kmの宇宙空間まで伸びていることが分かりました。また、電離圏の穴の形成は、電離圏の高度上昇が原因であったことと、その高度上昇は火山噴火による気圧波の到来よりも約1-2時間も前に起こっていたことが分かりました。本研究は、このような火山噴火に伴って発生した大気変動による電離圏の穴の生成機構を明らかにしました。また、電離圏の穴は電波障害の原因であり、宇宙天気の観点で予報が必要な項目です。電波障害を起こす宇宙天気現象は、太陽フレアなどの太陽活動に起因することが広く知られていますが、本研究結果は、宇宙天気現象が大規模噴火等の地表の現象にも起因することを明示する重要な事例です。
本研究成果は、2023年5月22日午後6時(日本時間)付ネイチャー・リサーチ社刊行の総合国際学術雑誌「Scientific Reports」に掲載されます。
研究背景と目的
地球を取り巻く大気の上部(高度:60 km以上)に存在する分子や原子の一部が太陽からやってくる紫外線やエックス線によって電離し、電離圏が形成されています。現代の我々の生活には欠くことができないGPSに代表される全球測位衛星システム(GNSS)や衛星放送・通信で使用されている電波は、必ずこの領域を通過することになります。太陽フレア等の太陽活動や地震、火山噴火、台風等の気象現象による下層大気の変動によってひとたび電離圏の擾乱が発生すると、GPS衛星を用いた位置情報の誤差が生じることがあります。逆に、この誤差情報に着目することで電離圏の情報が得られるため、GNSS受信機網データを用いた全球にわたる電離圏擾乱の研究が進展してきました。現在では、GNSS受信機網データが、宇宙天気予報などの応用研究に利用されています。
赤道上空では、地球磁場が電離圏に対して水平となるため、いくつかの赤道電離圏特有の現象が発生します。その中でプラズマバブルと呼ばれる現象は、電子密度が周囲よりも2桁以上低い「電離圏の穴」で、その内部は、空間的に乱れた電子密度構造(電子密度の不規則構造)で満たされています。このプラズマバブルに伴う電離圏電子密度の不規則構造は、衛星測位や通信などに悪影響を及ぼします。したがって、プラズマバブルがどのような条件下で発生するかを予測・予報することが、宇宙天気研究の中で重要視されています。しかしながら、プラズバブルがどのような条件下で発生するか、下層大気の変動がプラズマバブルの発生にどのように関わっているかは十分に分かっていませんでした。
2022年1月15日に、1,000年に一度と言われている大規模海底火山噴火が南太平洋トンガ沖で発生し、世界中に強烈な気圧波、高速の津波を引き起こすとともに、アジア域上空でプラズマバブルが発生していることが地上の電離圏観測機器によって捉えられました。そのため、現在、多くの科学者がその影響を調べていますが、このトンガ火山噴火によって生成されたプラズマバブルが、どのくらいの高さまで達しているかは分かっていませんでした。このような背景の下、電離圏(400 km)から地球近傍の宇宙空間(32,000 km)までの広範な領域をくまなく観測している探査衛星「あらせ」と、地上連携観測データを組み合わせた解析を行い、トンガ火山噴火後に観測されたプラズマバブルの発生メカニズムを解明することを目的して本研究が開始されました。
研究内容
本研究グループは、全球の電離圏変動を高時間・高空間分解能で観測するために世界各地に設置されている9,000台を超えるGNSS受信機データを収集し、それらのデータから全電子数(TEC)に変換し、TECデータベースを作成しています。また、トンガ火山噴火によって発生した気圧波、プラズマバブル、及び電離圏の動きの情報を得るために、気象衛星ひまわり8号の赤外輝度温度、探査衛星「あらせ」の電子密度と太平洋域に設置された電離圏観測機器(イオノゾンデ)を使用しています。探査衛星「あらせ」観測データとデータ解析ソフトは宇宙科学連携拠点として名古屋大学に設置された太陽圏サイエンスセンター※から提供されています。その他のデータについては、2009年度から開始された大学間連携プロジェクト「IUGONET」で開発された解析ツールを活用しています。
※名古屋大学太陽圏サイエンスセンター(https://chs.isee.nagoya-u.ac.jp)
図1: トンガ火山噴火後に観測された気圧波と電離圏不規則構造。(a)世界時2022年1月15日11:40における赤外輝度温度と5分間のTECの分散値の2次元マップ図。縦軸と横軸はそれぞれ、地理緯度と経度を表す。図中の横方向の赤線は磁気赤道を表す。(b) 探査衛星「あらせ」観測による電子密度変化の時系列プロットと赤外輝度温度の緯度-時間プロット。図下の数字は、時間と探査衛星「あらせ」の位置を示す。(c) 5分間のTECの分散値の2次元マップ図上に探査衛星「あらせ」観測による電子密度変化を重ねた図。
解析の結果、トンガ火山噴火に伴って発生した気圧波(図1aのグレースケール表示)の到来のタイミングで、磁気赤道を挟んで5分間のTECの時間変化の分散値(図1aのカラースケール表示)が増加している領域が現れていることが分かりました。その分散値の増加は、電離圏電子密度の不規則構造の形成を示しており、このことは、対流圏を伝搬する気圧波から生まれた大気変動が上方へと伝搬し、電離圏電子擾乱を引き起こしたことを意味しています。そのような中、探査衛星「あらせ」は、気圧波と正面衝突する形で夕方過ぎの近地点付近(高度400 km)を通過し、その後、宇宙空間へと飛翔して行きました。同衛星で捉えた電子密度の時系列プロット(図1b)を見ますと、大気圏を伝搬する気圧波の到来の数分前に電子密度の急増が起こり、その後、電子密度が周囲と比べて1~2桁も電子密度が急減する多数のプラズマバブルが形成されています。探査衛星「あらせ」によって捉えられた電子密度擾乱の出現領域は、5分間のTECの時間変化の分散値の増加領域にも対応していることが分かります(図1c)。このプラズマバブルは、少なくとも高度2,000 kmの宇宙空間まで伸びていたことを世界で初めて探査衛星「あらせ」による直接観測から明らかにしました。高さ2,000 kmまで到達するプラズマバブルは、過去の研究を踏まえても極めて稀な現象です。
図2: グアム島上空におけるTEC変化(a-c)、電離圏高度変化(d)、及び対流圏輝度温度変化(e)の時系列プロット。図(a-d)中の黒の点線と赤の実線はそれぞれ、2022年1月13日と15日のデータを示す。また、図(e)中の黒の点線は、グアム島内の観測点の地理緯度を表す。
イオノゾンデによる電離圏観測データと比較することにより、気圧波の到来に同期したプラズマバブルの発生メカニズムが明らかになってきました。図2はグアム島に設置されたイオノゾンデ観測によって、電離圏が250 kmから400 km近くまで上昇していることを示しており(図2d)、急激なTEC値の上昇と同期していることが分かりました。そのTEC値の上昇後にTEC値の減少を伴うプラズマバブルが起きており、この電離圏の上昇がプラズマバブルの発生に関わっていることが推察されます。さらに、対流圏輝度温度変化との比較から、グアム島に気圧波が到来する約2時間前から電離圏の上昇が始まっており、対流圏を伝搬する気圧波よりも早い大気変動を考える必要が出てきました。
図3: 電離圏TEC変動と対流圏輝度温度変化の開始時間差の空間分布。この時間差は、0~120分間のカラースケールで示す。図中の同心円は、1,000 km毎のトンガ火山からの距離を表す。
そこで、図2に見られた急激な電離圏TECの上昇と対流圏輝度温度変化の開始時間の差の空間分布について調べてみることにしました。その結果、全体的に電離圏TECの上昇が開始する時間の方が対流圏輝度温度変化よりも約20分から約2時間、早く始まることと、その開始時間の差は、南半球よりも北半球側で大きいことが分かりました(図3)。この原因として以下の2つが考えられます。一つは、トンガ火山噴火によって発生した気圧波が高温の熱圏に到達し、そこで加速された気圧波が、対流圏を伝わる気圧波を追い越す形で伝わり、電離圏の上下運動をもたらしたことです(図4)。もう一つは、南半球で発生した電離圏変動が高速で磁力線に沿って北半球に伝わったことです。詳細なメカニズムについては、今後の研究に託されています。
こうしたトンガ火山噴火によって発生した一連の大気変動が、赤道電離圏におけるプラズマバブルの生成を促すとともにそれが高高度へと発達したと考えられます(図4)。
図4: トンガ火山噴火後に観測されたプラズマバブルの発生メカニズム。左の縦軸は高度を表し、値と目盛は各領域の境界の大まかな高度を示す。
成果の意義
プラズマバブルの内部では、周囲と比べて1~2桁ほど局所的に電子密度が減少し、その内部は電子密度不規則構造で満たされているため、そこを通過する電波の散乱、屈折、透過を引き起こし、衛星測位や通信などに悪影響を及ぼします。そのため、プラズマバブルの発生を予測・予報することは宇宙天気研究の中で重要視されています。ただし、地震、火山噴火、台風などの下層大気の変動がプラズマバブルの発生にどのように関わっているかは十分に分かっていませんでした。今回の研究結果は、トンガ沖海底火山噴火に伴う気圧波に伴ってプラズマバブルがアジア域の低緯度電離圏に発生したこと、そのプラズマバブルは通常では考えられないほどの高高度まで達していたこと、プラズマバブルの発生要因となる電離圏の高度上昇は気圧波の到来よりも早く開始していたことを世界で初めて示しました。この結果は、火山噴火等を通じて対流圏で生じた大気変動が、数分から数十分かけて電離圏へ伝搬し、電離圏電子密度変動を引き起こすという、従来の地圏—大気圏—電離圏結合の考え方を見直すことを示唆しています。
本研究結果は、こうした科学面だけでなく、宇宙天気・防災面においても意義があります。トンガ火山噴火のような大規模イベントの場合、通常では起こりにくいとされている条件下(季節、場所)でも、プラズマバブルが形成されうることを観測から示しました。このような事例は、宇宙天気予報モデルには取り入れられておらず、今後、似たような事例を解析し、そこで得られた知見を取り入れていくことが期待されています。これにより、今後、地震や火山噴火等の自然災害に起因した電離圏擾乱が起こった場合に、衛星放送や通信の障害の軽減に貢献できると考えられます。
本研究は、2016年度から始まった日本学術振興会科学研究費補助金(特別推進研究)「地上多点ネットワーク観測による内部磁気圏の粒子・波動の変動メカニズムの研究」の支援のもとで行われたものです。