既存の光ファイバにおける伝送容量の世界記録更新、毎秒301テラビット伝送を実証

~光通信インフラの新たな波長領域を開拓する技術を開発して達成~
2023年11月30日

国立研究開発法人情報通信研究機構

ポイント

  • 既存の光ファイバの伝送容量で世界記録となる、毎秒301テラビットの伝送を実証
  • 光ファイバの新しい波長領域の開拓に不可欠な光増幅器・光強度調整器を開発して達成
  • 通信需要が高まる将来において、光通信インフラの通信容量拡大に大きく貢献
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICTエヌアイシーティー、理事長: 徳田 英幸)フォトニックネットワーク研究室を中心とした国際共同研究グループは、現在市中に敷設されているものと同じ、既存の光ファイバで世界最大の伝送容量となる毎秒301テラビットの伝送実験に成功し、従来の世界記録を更新しました。
今回の記録は、既存の光ファイバでは未使用であった新しい波長領域を開拓するために光増幅器光強度調整器を新たに開発し、多数の波長を利用可能にすることで達成できました。今回開発した技術は、通信需要が高まる将来において、光通信インフラの通信容量拡大に大きく貢献することが期待されます。
なお、本成果の論文は、英国グラスゴーにて開催された第49回欧州光通信国際会議(ECOC 2023)にて非常に高い評価を得て、最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)として採択され、現地時間2023年10月5日(木)に発表しました。

背景

増大し続ける通信量に対応するために、光ファイバの使用可能な波長領域を拡大したマルチバンド波長多重技術の研究が進んでいます。新たな波長領域の利用は、既に配備されている既存の光ファイバを用いた伝送システムの寿命を延ばし、多額の設備投資をせずに通信容量を増やす方法として有用です。また、研究が進んでいる新型光ファイバとマルチバンド波長多重技術を組み合わせることで、将来にわたって光ファイバ伝送システムの大容量化が可能となります。
これまでNICTは、希土類添加光ファイバを使った増幅器とラマン増幅の増幅方式を駆使して、商用で利用されている波長帯(C帯、L帯)に加え、一般的に商用化されていないS帯も使用した光ファイバ伝送システムを構築し、大容量伝送を実証してきました。更なる大容量化を実現するためには、新たな波長領域の開拓が必要ですが、これまでE帯を含んだマルチバンド波長多重光ファイバ伝送システムは実現されていませんでした。

今回の成果

図1 マルチバンド波長多重光ファイバ伝送イメージ
NICTは、国際共同研究グループが製作したE帯向けビスマス添加ファイバ光増幅器・光強度調整器を利用して、既存の光ファイバで世界最大の波長領域を持つ光ファイバ伝送システムを開発しました。伝送システムは、光ファイバ、複数の光増幅器(ビスマス添加光ファイバ増幅器、ツリウム添加光ファイバ増幅器、エルビウム添加光ファイバ増幅器、ラマン増幅)、送受信器、光強度調整器、合波器/分波器などから成ります(詳細は補足資料 図3参照)。
今回は、E帯、S帯、C帯、L帯を合わせて世界最大の27.8テラヘルツの周波数帯域幅(212 nmの波長幅)、1,097の波長数(E帯: 315波、S帯: 315波、C帯: 200波、L帯: 267波)を用いて、毎秒301テラビットの波長多重信号の51 km伝送を達成しました(図1、表1参照)。信号の変調には、情報量が多い偏波多重QAM方式を使用し、64QAMをE帯、256QAMを S帯、C帯、L帯に使用しました。過去の成果と比較して、伝送容量23%、周波数帯域幅41%の増加を達成しました(表1参照)。

表1 過去の成果との比較

Beyond 5Gでは、新しいサービスにより爆発的に通信量が増加することが予想されます。現在使用されている光ファイバ伝送システムに、新たな波長領域を導入して伝送容量を増加させることで、既設システムの耐用年数の延長に貢献できます。さらに、新型光ファイバと組み合わせることで、将来にわたる通信需要の増大に対応可能な光ファイバ伝送システムの実現が期待できます。
なお、本実験結果の論文は、光ファイバ通信関係最大の国際会議の一つである第49回欧州光通信国際会議(ECOC 2023、開催地: 英国グラスゴー、10月1日(日)〜10月5日(木))で非常に高い評価を得て、最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)として採択され、現地時間10月5日(木)に発表しました。

今後の展望

今後は、光ファイバ伝送システムの更なる伝送能力の向上を目指し、波長領域の拡張を目指します。また、マルチバンド波長多重技術と新型光ファイバを駆使して、将来の通信需要を支える光通信インフラの基盤を確立していきたいと考えています。

採択論文

国際会議: ECOC 2023 最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)
論文名: 301 Tb/s E, S, C+L-Band Transmission over 212 nm bandwidth with E-band Bismuth-Doped Fiber Amplifier and Gain Equalizer
著者名: Benjamin. J. Puttnam, Ruben. S. Luis, Yetian Huang, Ian Phillips, Dicky Chung, Nicolas K. Fontaine, G. Rademacher, Mikael Mazur, Lauren Dallachiesa, Haoshuo Chen, Wladek Forysiak, Ray Man, Roland Ryf, David T. Neilson, and Hideaki Furukawa

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補足資料

1. 今回開発した伝送システム

図3 伝送システムの概略図
図3は、今回開発した伝送システムの概略図を表している。
① E、S、C、L帯の送信器において1,097波長の光信号を生成し、測定波長に偏波多重64QAMもしくは256QAM変調を行う。
② 光強度調整器を使ってE、S、C、L帯の光信号の強度を一定にし、光増幅器を使って光信号を増幅する。
③ E、S、C、L帯の光信号を合波器で多重化する。
④ 50 km長の光ファイバで伝搬させる。光信号の伝送損失をラマン増幅によって補償するため、結合器を用いて必要な励起光を光ファイバに入射する。
⑤ 伝搬後、E、S、C、L帯の光信号を分波器で分けて、光増幅器によって伝送損失を補償する。
⑥ E、S、C、L帯の受信器で受信し、伝送誤りを測定する。

2. 実験結果

上記図3の実験系において、送信及び受信時に誤り訂正処理などの様々な符号化を適用することで、システムの伝送能力(データレート)を最大限効率化するための検証を行った。
図4の実験結果のグラフは、誤り訂正を適用した後の波長ごとのデータレートを示す。ほとんどの波長で、波長当たり毎秒250ギガビット以上のデータレートが得られており、1,097波長合計で毎秒301テラビットを実現した。

図4 実験結果

用語解説

国際共同研究グループ

本研究に参加している研究グループは以下のとおりである。
NICTフォトニックネットワーク研究室: 伝送システムの開発
ベル研究所(Nokia Bell Labs、米国)、アストン大学(Aston University、英国): E帯用の光強度調整器の開発
アモニクス(Amonics、香港): E帯用のビスマス添加光ファイバ増幅器の開発


テラビット、ギガビット

1テラビットは1兆ビット、1ギガビットは10億ビット。


波長領域

光通信用途で主として用いられている波長領域は、C帯(Conventional band、波長1,530~1,565 nm)とL帯(Long wavelength band、波長1,565~1625 nm)、その他にT帯(Thousand band、波長1,000~1,260 nm)、O帯(Original band、波長1,260~1,360 nm)、E帯(Extended band、波長1,360~1,460 nm)、S帯(Short wavelength band、波長1,460~1,530 nm)、U帯(Ultralong wavelength band、波長1,625~1,675 nm)がある。
現在の長距離向けの光ファイバ伝送システムでは、主にC帯が利用されていて、波長数は80程度である。また、L帯も一部で商用に利用されている。それに対し、T帯、O帯、E帯、S帯、U帯などは開拓中の新しい波長領域であり、商用化が進んでいない。今回はE、S、C、L帯を使用した。

図2 光通信の波長領域


光増幅器

光ファイバは、同軸ケーブルなどと比較して伝送損失が非常に小さいが、数10 kmを超える伝送では光信号が減衰していく。そのため、長距離伝送システムでは、光増幅器を用い伝送損失を補償することで、大幅な長距離化を実現する。光増幅方式は、エルビウム(Er)やツリウム(Tm)などの希土類元素やビスマス(Bi)を添加した光ファイバを使った増幅、ラマン増幅、半導体による光増幅がある。
希土類元素やビスマスを添加した光ファイバを使った増幅器は、光ファイバへ大パワーの励起光を照射することによって、励起光より長波長の信号光の増幅現象が生じることを利用した光信号増幅システムである。


光強度調整器

光信号の強度を調整する機器。光回折格子、空間光変調器などから構成された多数の波長の光信号を一台で調整可能な機器も存在する。今回は、E帯における多数の波長を一台で調整する光強度調整器を開発した。


マルチバンド波長多重技術

異なる波長の光信号を1本の光ファイバで伝送する方式を波長多重伝送方式と呼ぶ。現在の長距離向けの光ファイバ伝送システムでは、C帯やL帯の波長多重伝送方式が利用されている。T帯、O帯、E帯、S帯、U帯などの波長領域は商用化が進んでいないが、これらの新しい波長領域を含んだ波長多重技術をマルチバンド波長多重技術とも呼ぶ。


新型光ファイバ

現在、中・長距離光通信用に普及している既存の光ファイバは国際規格で定められたシングルコア・シングルモードファイバである。更なる容量増加を目的として、コア(光の通り道)を増やしたマルチコアファイバや、マルチモード・マルチコアファイバの研究が進められている。


ラマン増幅

光ファイバの材料であるガラス素材における誘導ラマン散乱を利用した光信号増幅方式。希土類添加ファイバ光増幅器と同様に、大パワーの励起光の照射によって、励起光より長波長の信号光の増幅現象が生じる。


QAM方式
QAMとは、光の位相と振幅を併用し複数のビットを表現する方式(多値変調)の一種である。64QAMは1シンボルが取り得る位相空間上の点が64個で、1シンボルで6ビットの情報(26=64通り)が伝送でき、同じ時間でOOK(On-Off Keying)の6倍の情報が伝送できる。同様に、256 QAMは、1シンボルが取り得る位相空間上の点が256個で、1シンボルで8ビットの情報(28=256通り)が伝送でき、同じ時間でOOKの8倍の情報が伝送できる。また、直交する2つの偏光方向を持つ光信号それぞれに対してQAM変調を行うことができ、これによりビット数を2倍にすることを偏波多重と呼ぶ。


過去の成果

Benjamin J. Puttnam, et.al., “S-, C- and L-band transmission over a 157 nm bandwidth using doped fiber and distributed Raman amplification”, Opt. Express, vol. 30, no. 6, p. 10011, Mar. 2022.

本件に関する問合せ先

ネットワーク研究所
フォトニックICT研究センター
フォトニックネットワーク研究室

古川 英昭

広報(取材受付)

広報部 報道室