概要
国立大学法人 京都大学大学院情報学研究科の原田博司教授の研究グループ(以下 京都大学)と国立研究開発法人情報通信研究機構(以下 NICT)の総合テストベッド研究開発推進センターは、次世代電力スマートメータ等での利活用が期待されているIoT(Internet of Things)用国際無線通信規格Wi-SUN FAN(Field Area Network)を仮想空間で評価するデジタルツイン・ワイヤレスエミュレータを開発し、住宅密集地の都市空間3DデータとWi-SUN FAN無線機の配置を入力することにより、スマートメータを500台配置した場合のエミュレーションを実施し、データの伝搬経路や伝搬品質の評価・可視化に成功しました。今回の成果により、実空間に無線機を数百台設置して試験を行わなくてもエミュレータを用いて現実空間を模擬した検証をすることが可能になり、システム導入前の電波の到達性や網羅性など、設置設計の精度向上が期待できます。
ポイント
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NICTが開発したワイヤレスエミュレータ上に、都市空間3Dデータと京都大学が開発したWi-SUN FAN無線機の配置データを入力し、無線機間の建物の遮蔽等を考慮した電波伝搬特性を計算
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計算で得られた電波伝搬情報を実デバイスに搭載可能なWi-SUN FAN通信機能ソフトウェアで構築された仮想無線機に入力して仮想空間上にてマルチホップ(多段中継)経路構築とパケット伝送を実施
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住宅密集地にスマートメータを500台配置した場合のエミュレーションを実施、データの伝搬経路や伝送品質を可視化
1.背景
都市環境における様々な課題を解決するスマートシティやスマートメータリングと呼ばれる大規模IoTシステムが現在検討されており、このシステムの実現のためには、屋外での高品質でかつ建物等による遮蔽に対する耐障害性に優れた堅牢な無線通信ネットワークが必要となります。Wi-SUN FANは、これらの要求を満たすIoT用国際無線通信規格「Wi-SUN」の規格の一つであり、電気・ガス・水道のメータリングのほか、スマートシティ、スマートグリッド、高度道路交通システム等のセンサー、モニター等を用いた各種インフラ、アプリケーションにおいて、相互運用可能な通信ネットワーク技術として導入が検討されています。NICTでは、このWi-SUNの基本通信方式の研究開発、国際標準化を行い、京都大学では、Wi-SUN FANの通信技術の実用化に向けて、接続方式や技術の研究開発、実無線機の開発、実用化に向けた実証試験を行ってきました。しかしながら、スマートメータリングの分野では数百台の無線機を用いて自律的にネットワークを構築、データ収集するシステムの検証をする必要性があり、現実空間では無線機数や設置場所の確保等の制限のため実現が困難でした。このスマートメータリングシステムの導入にあたっては、スマートメータを設置する地域内にある大量の電力メーターからのデータを確実に取得するための収集局の数やその配置が重要となります。設置対象場所となる住宅の状況は地域によっても様々であり、異なる環境においての接続性の検証には多大な労力を要します。これらの問題を解決するため、京都大学とNICTでは、総務省「仮想空間における電波模擬システム技術の高度化に向けた研究開発」を受託し、仮想空間上で大規模な電波利用システムを模擬・評価するワイヤレスエミュレータの研究開発を進めてまいりました。このワイヤレスエミュレータは、各種電波利用システムを無線機の通信機能をもった仮想無線機と呼ばれるソフトウェアとして搭載し、都市空間データと無線機の配置データを入力することにより仮想空間で電波伝搬特性、伝送特性をデジタルツインで動作させて、屋外実験することなく仮想空間で通信試験をするものです。
2.研究手法・成果
スマートメータリングシステムの設置模擬実験を仮想空間上でデジタルツインの形でワイヤレスエミュレーションを実現するため、主に下記の4点について研究開発しました。
(1) 都市空間の3Dグラフィックスデータを利用した無線機の位置制御と電波伝搬特性を計算する機能
(2) (1)で得られた位置情報と電波伝搬特性情報をWi-SUN FAN通信機能搭載の仮想無線機に入力してマルチホップ(多段中継)を利用したパケット伝送特性エミュレーションする機能
(3) (2)で得られたWi-SUN FANエミュレーション結果から伝送特性結果(無線機間の経路構築やパケット伝送の結果)を抽出する機能
(4) 都市空間の3Dグラフィックスデータと伝送特性結果を用いたビューワー機能
これらの研究開発の成果をワイヤレスエミュレータ上に搭載して各システムを連携動作させて(図1参照)、住宅密集地へのスマートメータの設置を想定したWi-SUN FAN仮想無線機500台を用いたマルチホップメッシュネットワークの構築とデータ通信実験を行い(図2参照)、ビューワー機能を用いた可視化を実施しました(図3参照)。ビューワー機能では、Wi-SUN FANの特徴であるマルチホップ伝送経路の表示を実現しており、RSSI(Received Signal Strength Indicator:受信信号強度)によって経路線の色が変化します。また、パケット伝送時のスループットに応じた色の変化も実現しております。これらの機能により、視覚的な確認が可能となり、スマートメータの数や設置場所、付近の建物等の状況に応じた収集局の配置を事前に検討することができ、効率的な設置設計が可能となります。
3.波及効果、今後の予定
今回の検証により、ワイヤレスエミュレータ上にて都市空間の情報を反映したWi-SUN FANを用いた大規模スマートメータ設置の模擬実験が実無線機を用いず可能であることが確認できました。今回開発したWi-SUN FAN仮想無線機には、実無線機で動作している通信ソフトウェアをそのまま搭載しているため、仮想環境上にて実運用に向けたパラメータ調整や新方式の提案を検証して、容易に実無線機へとフィードバックすることが可能です。また、ワイヤレスエミュレータには人や車の移動情報を登録することもできます。今後は、移動物体がある状態での長時間エミュレーションを実施して、Wi-SUN FANルーティングプロトコルの改善やスマートメータリングシステムやスマートシティへの導入に向けて研究開発を進めてまいります。
4.研究プロジェクトについて
本研究の一部は総務省「仮想空間における電波模擬システム技術の高度化に向けた研究開発」(JPJ000254)における受託研究の一環として実施されたものです。